柱時計の怪

sample


二十歳の頃まで、ボクのうちには振り子の柱時計がかかっていた。そのカチコチという規則正しい振り子の音を生まれた時から聞いていたせいか、今でも耳をすませると、どこにいてもそのカチコチという音が聞こえる。この柱時計は、両親が結婚祝いに友人からもらったものだそうで、文字盤には『MADE IN OCCUPIED JAPAN』と書かれていた。戦争を知らないボクにはとても衝撃的な発見で、ああ日本は本当にアメリカに占領されていたんだな、と妙にしんみりしたものだった。ボクが成人になったことに関係あるのか知らないが、二十歳の時に家を建替えて、その柱時計はお蔵入りとなった。

それから十数年たったある日、早めに寝床に入ったボクは寝付けずに天井のシミらしきものを見つけて、そういえば昔の家の天井にはたくさんシミがあって想像をかきたてたなあ、と懐かしい気持ちになっていた。するとグラグラと地震だ。これがタイムスリップというものか、と揺れを背中に感じながら、あの柱時計はどうしただろう、針はグルグルと逆戻りしているのかな、と思った。粗大ゴミに出されたのだろうか、よい人が拾って使ってくれていたらいいのに、とボクは深く空想に浸っていた。すると呼応したように、あの懐かしい柱時計のカチコチという音が聞こえてきた。それもはっきりと。これは重傷だ。

本当にタイムスリップしては大変だ、と原田知世のファンだったボクは飛び起きた。聞こえる。確かにあの柱時計だ。十数年前までうちにあったあの柱時計の音だ。驚きと怖さと好奇心が三位一体となってボクをあやつり、音のする場所へと誘った。押入れの中だ。するととつぜんボーン、ボーン、ボーンと時を告げる鐘の音。三位一体の中から怖さが思い切り顔を出した。「うわ?。起きろ起きろ、みんな起きろ」

父も母も妻も集まって、みんなで押入れを開けた。蒲団がギッシリつまっている。「確かに柱時計の音がする」と父。「そんな馬鹿なことが」と母。どっちでもいいから蒲団を出してみましょう」と妻。そして言われた通りに蒲団を出すボク。

蒲団を全部出すと押入れの奥にはダンボール箱が2つ入るスペースがあった。捨てるに捨てられない微妙なものがギュウギュウに詰まった箱をどけると、そこに柱時計があった。それもカチコチと音を立てて。

振り子は止まっていてもゼンマイは巻かれたままだったようだ。それが地震、それも振り子に対してちょうど左右からの揺れがあったために、長い眠りから覚めたのだ。こんなこともあるのかと感動した。ボクはその柱時計を取り出すと、応接間にかかっていたクォーツ時計をはずしてかけ替えた。

二、三日たって、ようやくゼンマイが切れて、ほッとしたように柱時計は止まった。ボクもほッとした。すごくいいことをした気持ちになった。柱時計は押入れに戻した。

 

ニックネーム

sample


小学校のクラスメートの名前を思い出してみる。ブーちゃん、さる、ハタケ、チビ太、ライア、オタマ、リキ、ほくろ、やっぺ、ゼッペキ。な、なんだこれは? アニマルハウスか? ブーちゃんは太ってるけど強そうなので、デブからブーちゃんに格上げになったはずだ。本名は知らない。さるは当然猿に似ているからだけど、本人は「オレが猿に似てるんじゃなくて猿がオレに似てるんだ」と父親に教えられた通りに何度も言っていた。ハタケは顔にいっぱいハタケができていたので、転校してきた日に挨拶代わりにボクが名付けた。チビ太はそのままだ。ライア? これは単純に新井だ。こいつは珍しく本名を思い出したぞ。オタマはオタマジャクシみたいなやつだった。リキは力道山にソックリだった。などなど、申し訳ないけどほとんど本名を思い出せない。今思うと残酷なアダ名を平気で付けて呼んでいたものだ。ここには書けないような超差別的なアダ名のやつもいたけど悪気はなかった。いっぽう学級委員をやったことのあるやつは「くん」づけだ。ボクは成績ではなく、人気投票で学級委員に選ばれたことがあるので、ずっと景クンと呼ばれていた。つまり小学校のマハラジャ階級にいたのである。

大学生の時に町でさるを見かけた。しかし本名が思い出せない。人ゴミの中で「さる! 岸谷小学校出身のさる!」とも呼べず、声をかけそびれてしまった。彼とは結局小学校以来一度も言葉を交わしていない。あの時に本名を覚えていたら、お互いの運命も変わっていたかもしれない。いや、ひょっとしたら彼はどこかでボクを見かけているかもしれない。しかし「さる」と呼ばれるのを嫌って声をかけてくれなかったのかもしれない。そう言えば町でクラスメートに声をかけられたことがない。むちゃくちゃにアダ名をつけた罰なのか、マハラジャの宿命か。

社会人になってから、尊敬する先輩(英語がペラペラでダンディ)と東京を歩いている時、先輩の旧友とバッタリ会ったことがある。その時「よう、タコ。元気か?」とボクの前で言われて先輩は辛そうだった。それを見てボクも肩を落とした。それから一時間ほどふたりは無言だった。

蛇足ながら、中学の時もボクの悪癖は治らなかった。怪獣映画「サンダ対ガイラ」にちなんで、クラスの不美人ふたりにサンダとガイラという名前をつけた。このふたりはきっと暗い中学生活を送ったに違いない。申し訳ないと思っています。蛇足をもうひとつ、ハタケの母親からボクの母親に「ひどいアダ名をつけられた」とクレームが入ったことがあった。翌日からハタケは意味もなく「アチャパー」と呼ばれることとなった。マハラジャには逆らえないのだ。

 

copyright(c) Seino Logix Co.,LTD. All Rights Reserved.