拾ったお金と落としたお金

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圧倒的に落とした金額のほうが多いのはボクだけだろうか。数少ない記憶の中で、もっとも記憶に残っている拾ったお金は、中学の頃、京浜急行の日ノ出町の駅裏で拾った十円玉だ。これは偶然見つけたわけでもなく、落としたお金を拾ったわけでもない。その辺りでどうしても十円玉を見つけようと思って見つけたお金だった。

帰りの電車賃だけをきっかり残してゲームセンターで遊んで、さて帰ろうと駅に行くと十円足りない。交番で借りるという知恵も度胸もなく、ドシャ降りの雨の中、ぬかるんだ地面を2時間以上探し続けた。駅前でキップを買う時に誰かが十円玉を落とすのを待った。知り合いが通りかかるのを待った。駅のまわりを何十回も歩き回った。泥だらけになった。そしてストリップ劇場の裏手のぬかるみであの十円玉を見つけた。あの時の喜びは生涯忘れないだろう。あの瞬間の映像は今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。その後しばらく下を見て歩くクセがついてしまい。何度も小銭を拾い、十メートルぐらいの間で五十円玉ばかり三十枚も拾うという謎めいた経験もした。しかし車に轢かれそうになってこのクセもなくなった。

落としたお金といえばディズニーランドだ。香港の友人ダニーが家族で遊びに来たので、こちらも家族を連れてディズニーランドへ行った。夜は六本木の料亭を予約していたので、財布が折り曲がらないほどの現金を持っていた。途中で財布を落としたことに気づいたボクは、誰にも悟られないように善後策を練っていたのだが、やはり顔に出ていたのだろう。どうしたんだ、とダニーが何度も訊くので訳を話すと「ワタシのせいで申し訳ない」と彼のほうが真っ暗状態になってしまった。そして、とりあえずロスト&ファウンドに行くだけ行ってみよう、と2家族6人は重い足取りで遺失物取扱所へ向かった。

「はい、届いていますよ。中味を確認してください」
「ええっ本当ですか。あッはい、ちゃんとお金も入っています」
「よかったですね。ではもっと楽しんでいってください」
「でも、お礼をしないと。届けてくれた人の名前を教えてください」
「名前も言わずに行ってしまったんですよ」

「ケイゴ、お前はいい国に住んでいるなあ。信じられない。日本が大好きになったよ」
お金が出て来たのも嬉しかったけれど、ダニーのこの言葉はボクに誇りを抱かせた。

この後2ヶ月ほどして、電話ボックスで免許証と数万円が入った財布を拾った。なんだかディズニーランドで届けてくれた人に試されている気がして、さっそく警察に届けた。でもボクはちゃんと名前と住所も書いてきた。しばらくして菓子折が届いた。 

 

百葉箱

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夏になると、陽の当たる花壇の中にポツンと立っていた真っ白な百葉箱を思い出す。カラカラに乾いたペンキがめくれあがった古い木造校舎を背に、その不思議な箱はあった。その用途も知らないのに、好奇心のかたまりのようなボクが、その中を覗いたことがない。その白さが保健室の一部のような毅然とした清潔感を漂わせていたからだろうか。蝉しぐれで視界も揺れる青空のしたで、その白さはとてもまぶしかった。

泳げなかったプールの帰りに、濡れた足を花壇の石に乗せて乾かした。うしろを行く友達の笑い声がボクをひとりにする。クラスのみんなの期待を裏切ってしまった。逃げることはないのに、でも逃げてきた。濡れた足の指のあとが焼けた石に吸い込まれて消えた。目の前には百葉箱があった。

ずっとそこにあるのに、ボクが百葉箱を見るのはいつも辛い時だった気がする。ごめんね。そんな時ばっかり。きっとあの箱の中には、ボクの嫌な部分がギッシリ詰まっているに違いない。

ボクが大人になってから、その中学校でクラス会をやった。十年ぶりの学校は相変わらずの古い校舎で、何も変わった所がなかった。みんなと会って懐かしくてうれしくて馬鹿みたいに笑った。家に戻ってから、そういえば百葉箱はあったかな、と思った。でも思い出せなかった。

 

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