ゴム草履

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静岡県にあるK学園は、様々な理由で両親と暮らせない子供たちの施設だ。ここの学園長はボクの父の親友だったので、少年時代のほぼ毎年の夏、ボクは父に連れられてK学園に行き、何十人もの子供たちと遊んでいた。西伊豆の土肥や戸田の小学校を借りて合宿し、遠泳をしたり、町の掃除をしたり、夕食のために魚や貝を採ったり。ボクたちはいつも海水パンツにランニングシャツ、それにゴム草履という格好だった。

ある日の夕暮れ、四、五人で、満潮の防波堤の上を歩いていたら、ボクが振り上げた足からゴム草履が飛んで海に落ちた。釣り竿でつつくと、ゴム草履はどんどん遠くへ行ってしまった。

「いいよあんなの、帰ろう」とボクが言うと、ひとつ年下のS君がザブンと海に飛び込んで、そのゴム草履を取ってきてくれた。ボクにゴム草履を渡して「もったいないよ」とS君は言った。ボクは恥ずかしくて礼も言えず、「いらないのに」と心にもないことを口にした。S君の濡れた肩で夕陽が光っていた。

後で父に言われました。飛び込む勇気がなかったのは仕方ない、でも礼を言う勇気がなかったのは情けない、と。でも結局ボクはS君に「ありがとう」の一言を言えなかった。明日言おう、明日言おうと思いながら、とうとう夏休みは終わってしまった。

あれから四十年が経った。S君、きっと君はすごい男になっているんだろうね。君がボクを忘れても、ボクは君を忘れられない。 

 

最初の貯金箱

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小学校5年の時、父が駅の新聞売りのおばさんから穴の空いていない5円玉をもらってきた。ボクはこの5円玉に興味を覚え、これを熊か豚の貯金箱に入れた。父はボクの喜ぶ顔を見たくて毎日何枚もこの5円玉を持ち帰り、いつの間にか数百枚に増えていた。そのうち町のどこからも穴の空いていない5円玉は姿を消して、ズシリと重い貯金箱は忘れ去られた。

中学になって金遣いの荒くなったボクはひょんなことからこの貯金箱を思い出し、探し出し、躊躇なく割った。百円のラーメンを食べるのに二十枚の5円玉で払った。少年マガジンも駄菓子もポケットにぎゅうぎゅうに詰まった5円玉で払った。そして父にばれて殴られた。この貯金箱がボクの最初の貯金箱だと思って書き始めたのだが、違う、ちがう、まだ小学校2年か3年の時にポストの形かどうかは忘れたが、とにかく赤い貯金箱を持っていたっけ。

ボクはひとりッ子のカギッ子だったので、飼い犬のトコを弟のように愛していた。雨の日いっしょに犬小屋で寝ながら親の帰りを待っていたことも何度もあった。いつでもいっしょで、誰もが兄弟のようだと言った。

ある日夕食が終わると、タイミングを見計らって父が「トコが死んじゃったよ」と言った。驚いたボクは裸足で庭に飛び出して、毛布にくるまったトコを抱きしめて大声で泣いた。泣いて泣いて、それでも、そうすれば生き返ると信じているかのように泣いた。そして、剥製にして家の中に置いて欲しいと父を困らせた。

もう真夜中だった。ようやく父に説得されたボクは、シャベルを担ぎ、トコを抱いて山に入り穴を掘った。でも毛布にくるまったトコに土をかけられず、シャベルもそのままにして家へ走った。そして机の上にあった赤い貯金箱をつかむと、すぐに走って山に戻った。その頃のボクにしては大金の二百円ぐらいが入っていたと思う。ボクはその貯金箱を毛布の上に乗せて、丁寧に土をかけた。そう、あれがボクの最初の貯金箱だ。あの二百円で、トコが天国に行けたなら嬉しい。

 

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