かかと落とし

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この頃、天井の電球を取り替えるのがきつい。不安定なイスの上で、ずっと上を向いてクルクル電球を回していると強烈な肩こりになったように腕が重くなる。五十肩をやってからますますその傾向が強くなった。そのうち電球がひとつ切れたぐらいでは取り替えなくなってしまった。少なくてもふたつ切れるまでは取り替えないので廊下が真っ暗のことがよくある。なぜか小さい頃から電球交換はボクの仕事だ。長期出張から戻って、薄暗い中で家族のうらめしそうな目が光っていたりすると、カバンから洗濯物を取り出すより先に電球の交換だ。こんな時、家族にとって、ボクが無事戻って来た喜びよりも、間違いなく部屋が明るくなった喜びの方が大きい。

先日5つぐらいの電球をいっぺんに取り替えていたら、途中から切れている電球と新しい電球がゴチャゴチャになってしまった。腕は痛いし、頭に血はのぼるし、パニックになってしまった。そこに他人の傷口に塩を塗り込むのが大好きなボクの母親が現れて、妻子ある50過ぎの男に向かって「そんな馬鹿な子供は生んだ覚えがない」などと言うので、大人げないが、イスの上からアンディ・フグ並みのかかと落としを入れてやった。

 

ひ・か・が・み

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四十四歳の若さで脳卒中で倒れた父は、国語の教師が利き腕で黒板にまともな文字を書けないという致命的なハンディを背負いながらも、ボクと母のために定年までがんばった。父が倒れた時に母から「高校には行けないかもしれない」と言われたが、事の重大さを理解していないボクはそれほど深刻に考えてはいなかった。しかし、父は違った。想像もつかない苦悩と努力の末、奇跡的な復活を遂げ、半身不随の身体で教壇に立ち、夫として、父としての責任を果たした。

右足をひきずりながら歩く父を見て「おまえの親父は昼間から酔っぱらってるじゃん」と言う友達に、中学生だったとはいえ「そうなんだ、ウチの親父に酒で勝てるやつはいないだろうな」と答えた自分を、その時から今までずっと恥じている。

入退院を繰り返した父が最後に入院していた病院は海辺にあって、自宅から歩いて一時間半ぐらいかかった。長くてもあと一ヶ月と言われていた日曜日、よく晴れていた。あと何回会えるのだろうと思うと早く会いに行きたいような、先延ばししたいような複雑な気持ちで、その日は車でなく、歩いて行く事にした。運動不足の中年男に一時間半の歩きは長かった。

病室に入ると口や鼻にたくさんのチューブを差し込まれた父が、うつろな目で天井を見ていた。半年前に進行性胃ガンが見つかり、あっという間にお決まりの肺炎になった。ボクは空がとてもきれいだと言い、歩き過ぎてヒザのうしろが痛いと言った。空を見せようとカーテンを開けると、父がうしろで何かうめいた。

「ひ、か、が、み」
「ん? 何それ? ノドが乾いた?」
「ひ、か、が、み」

二度同じ言葉を言って、父はぐったりとして目を閉じた。無知のボクは、父がボクに言った最後の言葉となった「ひかがみ」が、ヒザのうしろを意味する言葉だとはその時知らなかった。

先日ちょっと山歩きをしたらヒザのうしろが痛くなって、久しぶりに「ひかがみ」という言葉を思い出した。とても有り難い気持ちになって、まるでそこに父がいるかのように、ひかがみに触れてみた。

 

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