ツチノコ探検隊

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 学生の頃、クッシーやヒバゴンといった日本産の怪獣奇獣が話題になったことがある。どうして今まで黙っていたのかと思うほど、怪獣を見たという人がたくさん現れ、またこいつらが怪獣じゃないかと思うほど、不思議な評論家もたくさん現れて、むしょうにボクたちの空想と恐怖をかりたてたものだ。河童のミイラや鬼のシャレコウベという定番モノもテレビ局を渡り歩き、しまいには「実は今まで黙っていましたが、ウチの裏山に毛むくじゃらの古代人が住んでいるのです」などという真面目な顔のサラリーマンまで現れた。そんな中で、ずっと話題の中心にいたのはやっぱりツチノコだ。

ツチノコはノヅチともバチヘビとも呼ばれ、万葉の昔から目撃談が後を絶たない。全長三十ー五十センチぐらいで、胴の部分が丸太のように太いらしい。火を吹いたり、口をきいたりするわけではないので、生物学者は「現存の可能性は充分にある」などと不充分な解説をして国民の関心をさらに高めた。そのうち「どうしても本物が見たい」という声が高まってくると、さすがは商魂逞しい新宿の某デパートが、夏休み特大広告を打って出た。

「この夏、生きたままツチノコを捕まえたら賞金一千万円。死んでいてもそれと判るなら賞金五百万円!」

あわれな貧乏学生だったボクはこのWANTEDに躊躇なく飛びついた。半日でさん名の有志を集め、ツチノコ探検隊を結成した。最初のミーティングで話し合ったことは、目的地でも捕獲方法でもなく、賞金の使い道だった。ひとり二百五十万円だから、まず百五十万円は貯金して、五十万円はパアッと使って……でも、十万円は会社訪問用のスーツと靴とカバンと……。

目的地は和歌山と三重と奈良の県境にある瀞八丁という秘境に決まった。そこでの目撃情報はなかったが、地図を見ていてビリビリッときたという理由で決まった。まさに深山幽谷。飲み水は川の水。ボクたちは川岸にテントを張り、2週間の予定でツチノコ探しをすることにした。

山、山、そして山。電柱灯もないし、民家もないので、夜は驚くほど暗くて怖い。どうやってツチノコを捕まえるかも判らないので、偶然の遭遇に期待するばかり。そのうちツチノコなんているわけないと誰かが言い始め、ついにはオマエのせいだからメシの仕度はぜんぶオマエがやれ、とボクを責める始末だ。川魚はソーセージで釣れるほど甘くはなかったので、後半の一週間は全食ボンカレーとなった。マージャンをしているかボンカレーを食べているかの毎日となった。炎天下で裸でマージャンをするボクたちの背中は焼け焦げ、会話はポンとかチーしかなくなった。

真夜中、テントの床が冷たくて焼けた背中に気持ちよく、ボクたちは深い眠りについていた。とその時、とつぜん遠くの山奥でサイレンが鳴り始めた。上流でダムが放流したのだ。川の水位があがってテントの下に入り込んだので、ますます気持ちよく眠りは続いた。しかしそのうちにボクたちの身体がプカプカ浮き始めた。

「おい、なんだ、いったい」
「水が入ってきたぞ」
「やばいぞ、放流したんだ、流されるぞ」

ボクたちは大慌てで荷物を抱えて飛び出した。真っ暗闇の川は怖かった。最後のひとりが飛び出すやいなや、テントは下流に向かってすごいスピードで流れて行った。

これはツチノコの祟りかもしれないと誰かが言い、まじめに働こうとみんなで誓った

 

ボブの遺留品

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日本の骨董品の多くが駐日アメリカ兵とその家族によって海外、特にアメリカに流出している。戦前戦後を問わず、日本芸術の到達点のひとつと言われる根付や浮世絵が大量にアメリカに流出し、一級の図録はボストン美術館など海外のコレクターや博物館が出版していることが多い。日本にはもうほとんど良いものは残っていない。現在でも古伊万里や仏像などが流出している。しかし、骨董箪笥やアンティーク家具などの大きなものは、帰国の際に日本の骨董屋に委託して売り払うことが多いらしい。火鉢や柱時計も残していくことが多い。

ボクは逗子葉山から横須賀あたりの骨董屋を回るのが好きだ。長野や群馬あたりの骨董屋では発見できないものが「アメリカ兵の遺留品」としてたくさんあるからだ。

ボブは横須賀に住んでいたらしく、逗子や葉山の骨董屋でもよく名前を耳にする。彼が帰国した時に残していった大きな柱時計が、三浦半島の骨董屋をあちこち回っていた。ボクも何度か違う店でその柱時計を見たことがある。明治の中期に服部セイコーで作られたその柱時計は長さが百三十センチもあって、そうとう壁がしっかりしていないとはがれ落ちてしまうほど重い。ボクも古物商の免許を持っているほどの骨董好きなので、それが破格値なのはよく判っていた。そしてとうとう近所の骨董屋に流れてきたボブの柱時計を、運命のようにボクは購入した。

でもボブって誰だ? ボクは会ったことがない。三浦半島の骨董屋ならみんなボブを知っているが、会ったという人に会ったことがない。

実は柱時計より前にボクはボブが使っていた三つ折りアンティークテーブルを買ったことがある。ボブはアメリカに帰ったが、まさかボクがボブコレクターになるとは思わなかっただろう。白人なのか黒人なのか。調べようと思えばできないこともないが、彼は謎のままでいい。でもつい最近またボブに会ってみたい気にさせる出来事があった。ボブが残していった鬼瓦が出て来たのだ。とてもいい顔をした鬼だ。いったい何者なんだよ、ボブ。どうしてアメリカに持って帰らなかったんだ。それよりアナタは実在したのか?

これはボクの勝手な想像だけれど、ボブは戦死したのではないかと思っている。

 

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