いっこ上のヤツ

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 中学の帰り道、バスのうしろのバンバーに飛び乗ってバス停を2つぐらいタダ乗りしていたら、いっこ上の不良に空き地に連れ込まれた。「ずいぶんハデやってるじゃねえか。生意気だからブン殴ってやるから目をつむれ」ボクは歯を喰いしばって目をつむった。ビンタだろうか、パンチだろうか。パンチで殴られたことはなかったから初パンチだ。歯は折れるのかなあ。ビンタなら毎日のように先生に叩かれていたのでがんばれるけど。ところがなかなかどっちも飛んでこない。そっと目を開けるとそいつは両手をポケットに突っ込んでニヤニヤしている。

「今日はかんべんしてやる。これからは気をつけるんだぞ」

そう言って、いっこ上は行ってしまった。なんだコイツは。その後、中学で顔を合わせるとヨオッとか言ってヤケに親しげだ。弟分にでもしたつもりらしい。

ある日曜日、横浜鶴見にある曹洞宗大本山総持寺の庭で、池の亀を釣っていた。ちょっとウトウトしていたのだろうか。長年この機会をうかがっていた修行僧が、卑怯にも背後から近づいてボクを草むらにねじ伏せた。そして翌日の朝礼でボクは全校生徒に詫びるという大恥をさらしてしまった。

坊主は池の亀が何十匹もいなくなったと校長に言ったらしいが、ボクがそんなに亀を釣ってどうするというのだ。しかし弁解も空しく、とにかくとんでもないヤツだということで有名になってしまった。ボクは越境入学していたので、地元の不良中学に戻すと脅かされてひたすら小さくなって謝った。すると、いっこ上のヤツが昼休みにボクの教室にやってきた。

「なかなかやるな。仲間に入れよ」だって。亀を釣って捕まったことが、なかなかのことだとは、当時のボクでもそうは思わなかった。

 

キャッチボール

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担任の先生が言った。この小学校には本当の天才がいたが、去年卒業してしまった。彼は成績はオール5だったが、スポーツ万能で、誰よりも優しかった。君たちも彼のようになりなさい。ボクは思った。先生よりボクのほうが良く知っているんだ。

アンプは野球部のエースでサウスポーだ。足を高くあげて豪速球を投げるのはかつての巨人軍のエース、沢村みたいだ。2年上の彼に憧れて、ボクは野球部に入った。

仲間とキャッチボールをしていたらアンプが来て「ちょっと投げてごらん」とキャッチャーの構えをしたので、ボクは興奮した。憧れのアンプだ。頭が風船のように膨らんだ。ところが投げる球すべてがストライクだ。「いいコントロールしてるなあ。ピッチャーにしてあげるよ」とエースで4番でキャプテンのアンプに言われて、ボクはもう完全に舞い上がってしまった。ところがアンプの同級生で正捕手のイイジマさんが構えるとストライクどころか暴投ばかり。

「おーい、アンプ。こいつダメだよ。ノーコンだ」するとアンプが来て「そんなはずないよ。もう一回投げてみな」と言って腰を下ろす。するとボクの投げる球はすべてストライクだ。そんな訳でアンプが卒業するまで、ボクがピッチャーをやる時はいつもアンプがキャッチャーをやってくれた。イイジマさんとは仲が悪くなったけど、アンプはボクの神様だった。

その後、中学、高校と別々で、たまに町で見かける程度だった。そのアンプが、ボクが大学4年の時、突然ボクの家に来た。

「よう、元気か」「あっアンプ。お久しぶりです」「実は先週そこの居酒屋で起きた殺人事件のことなんだけど」さっ殺人事件! ボクの家から徒歩5分ぐらいの居酒屋で、女将が酔客を刺し殺したのはまだ数日前のことだった。アンプは刑事になっていた。「何か気づいたら連絡してくれよな。じゃあ」

それからも何度かアンプと道ばたですれ違った。なんだかだんだん眼光がするどくなってきた気がした。でもボクと判ると優しい目で「よう、元気か」と声をかけてくれる。
「野球まだやってるんですか、アンプ?」
「野球? ああ、小学校の時だけだよ。オマエは?」
「いや、まったく」
寂しいなあ。アンプは絶対に巨人軍のエースになると思っていたのに。ボクの、ボクたちみんなの夢だったのに。

いつかお互いにジイさんになって時間ができたら、またキャッチボールをしましょうね、アンプ。

 

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