ワーナー・ズッペラーの場合

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ワーナーは旅人だ。仕事柄いろいろな外国人と付き合ってきたけれど、彼ほど日本を愛した外国人をボクは知らない。結婚もせず、定職も持たず、ただ日本に来るためだけに、きっと今日もスイスの田舎町でアルバイトをしているのだろう。

彼がボクの家へ来る時は、いつも浴衣と箸を持って来る。寿司と焼鳥が大好きで、常宿は横浜の日ノ出町駅前にある簡易宿と決まっている。一日でも長く日本にいたいからだ。野毛の寿司屋や焼鳥屋を何軒教えてもらっただろう。行く先々で「ワーナー、ワーナー」と声をかけられるのには驚いた。

たまにはいいだろうと、一度彼をヨーロッパ・スタイルのシャレたバーに連れて行った時は露骨に不機嫌になって「なんでこんな店に連れて来るんだ。こういう所は大嫌いだ」と言うので、ボクも頭にきてしまい「せっかく連れてきてやったのに、文句言うな」と言って、喧嘩別れしたことがあった。家へ戻ってから「外国からひとりで来ているのに可哀想なことをした」と反省していたら電話が鳴って「申し訳ない。オマエは大切な友達だ。ボクを嫌いにならないでくれ」と涙声。これには参った。

ワーナーに日本で職を見つけてあげようといくつか当たってみたが、まったく日本語も話せず、傑出した特技もない外国人の就職探しは難しかった。それでもスイスの某化学品メーカーから連絡があり、書類選考のうえ、上司のオーケーが取れれば、一週間後に面接するので履歴書を送るように言われた。しかしワーナーは翌日香港経由で帰国することになっていた。彼はボクの話を聞くと大喜びで履歴書を書き上げ「香港で待っているから大使館に連絡してくれ。面接になったらすぐに戻るから」と言ってボクの手を握った。

結果は不合格だった。採用する積極的な理由が見当たらない、というのが不採用の理由だった。どう慰めていいものか悩んだ末に、香港のスイス大使館から彼のいるホテルを探して、ボクは本当のことを伝えた。

「いいんだ、有難う。ボクは日本が好きだからこれで良かったと思う。また2、3年働いたら必ず日本に行くよ。もっと日本語を勉強してね」

その後、ワーナーもボクも引越しや転職が重なって、お互いに連絡が取れなくなってしまった。ひょっとしてボクの昔住んでいた家を訪ねていないだろうか。昔の事務所を訪ねていないだろうか。時々野毛で飲む時には、赤提灯から彼が出て来るような気がして振り返ってしまう。

変なスイス人、ワーナーは旅人だ。日本に来るために、まだアルバイトを続けているのだろうか。今度また、もしも彼に会えたなら、古い友達として彼の夢をぶちこわしてやろうかと思う。でもそれは、ボクの中にある懐かしい何かも同時にぶちこわしてしまいそうで怖いのだけれど。

 

会いたくない親友

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商学部のボクと文学部のYが知り合ったのは、ふたりが同じクラブに入ったからなのだが、ふたりともそのクラブに出席した記憶がない。学部が違うのにいつも一緒にいたのは、ふたりが無類の麻雀好きだったことと、また他の数人とともに同人雑誌の真似事をしていたからだった。当時流行っていた石川達三や、福永武彦、それ以上に阿佐田哲也を必要以上に論じ合ったものだった。

彼のフランス語の試験中にボクが窓越しに合図をして麻雀に誘い出した時に試験官が「後で後悔するぞ」と怒鳴るのが聞こえた。「友達のほうが大事だ。馬鹿やろう」と言って彼は試験を放棄したが、その後試験官の言う通り、彼は一年間、毎週一時間も電車に乗って遠くの校舎に補習に通うハメになった。「オマエのせいでとんでもない目に遭った」とその後さんざん恨まれることになったが、とにかくかけがえのない親友だった。ずんぐりむっくりで肩までの長髪、いつもサングラスで下駄履きの彼は目立つ。オマケに秩父訛りの大きな声。

YのクラスにA君という百キロ級の足が不自由な(でも麻雀の強い)男がいた。ある雨の日、駅から大学へ向かう途中の歩道橋を、YがAを背負って登っていた。片手で大きなAのおしりを抱え、もう一方の手で傘を差し、小脇にAの松葉杖をはさんで登っていた。ボクはこのYという男を誇りに思った。嬉しい訳でも悲しい訳でもないのに涙が出て、声もかけられなかった。

いちご白書のように、就職が決まってYも髪を切りサングラスをはずした。それからほとんど会っていない。立派な会社で偉くなっているらしい。お互い学生時代のように筆マメではなくなり、年賀状だけが生きていることを確認しあう儀式となってしまった。

最近何十年ぶりかで大学のそばを通った。あの歩道橋は当時のままだったけれど、学生街はすっかり変わり果てて思い出が汚れてしまった気がした。来なければ良かったと思った。

Yはどう変わってしまっただろう。ボクはおおきく変わってしまい、彼に「あの時のオマエはどこへ行ってしまったんだ」と言われそうだ。彼にはずっとそういう立場でいてほしい。こんなことしたらアイツは何て言うだろう、といつも思う。アイツの友達として恥ずかしくない男でいたいと思う。だから会えない。いちばん会いたいヤツなのに、いちばん会いたくない。

 

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