空飛ぶ大黒

sample


ボクは七福神が大好きだ。世界中のほとんどの神様はみな薄暗い場所に安置されているのでイメージがストイックでダークだけれど、七福神は演歌における細川たかしのように明るい。北島三郎のようにハデだ。ちょっと脇道にずれてしまうけれど、カラオケで暗い演歌を聞きたくないが、このふたりならOKというのに似ている。とにかく陽気で、いっしょにいるだけでニコニコしてしまう七福神が大好きだ。

先日香港でラマ僧と2時間ぐらいチベット仏教について話す機会があった。そこでインドの戦いの神様である大黒様の話が出て来た。ボクが「大黒様は日本に来てから大国主と合体して台所の神様になりました」と言うとビックリして、古い仏教画を取り出し、大黒様の元々の姿を見せてくれた。三百年も昔の絵だ。大黒様は恐ろしい形相で身体よりも大きな剣を振りかざし、空を高速で飛んでいる。

「大黒様は悪霊を追い払う神様です。でもアナタを幸せにはしてくれません」
「ええっどうして?」
「アナタの状態をマイナスからゼロにしてくれるのが大黒様です。ゼロをプラスにするのはアナタ自身の問題です」
「あっ判る、判る。なるほどね」

しかしボクが描いている大黒様のイメージとはずいぶん違う。手元に骨董屋で買った大黒様の青磁の醤油差しがある。明治時代のものだろうが、ふくよかないい顔だ。骨董屋の親父は「売り物じゃない」と言ったが、ボクが自称「七福神研究家」と知るとショーケースのカギを開けてくれた。確か五万円を三万円に負けてくれた。しかし罰当たりにも妻は「そんなものに三万円も出すなんて信じられない」と大声で言う。大黒様に聞こえたらどうするんだ。

むこうの小さな炭の固まりに見えるのは、木彫りの大黒様。二百年ぐらい昔から台所を守ってススだらけの真っ黒け。米俵のうえにチョコンと座っている姿はよく見かけるものだ。シロウトが彫ったものなので、大笑いする口が大きすぎてアゴがはずれているように見える。こんな愉快な大黒様が空を飛んで悪霊を退治するとは。

妻が「これでしょ」と木彫りの大黒様をほうって寄越した。あっ何をするんだ。大黒様がボクに向かって飛んで来た。

 

地底王国

sample


机にむかって今日一日を振り返ると、一度も土の上を歩いていない。昨日も一昨日も、やはり歩いた記憶がない。通勤でも仕事でも、ほとんど土を踏むことがない。

都会では、いったいどれほどの地面がコンクリートに覆われているのだろう。土が窒息して苦しんでいる気がする。蝉はどこから這い出してくるのだろう。何年も土の中で幼虫として暮らし、たった一週間の自由のために地表にむかった蝉が、コンクリートの壁にぶつかった絶望はどれほどのものだろう。いつの日かコンクリートをはがしてみたら、その裏側には恨みに満ちた孵化直前の蝉の屍骸がびっしりとついている気がする。

土の中には思いの外おおきな世界があるのかもしれない。芝生に寝転んでいたら、土の中から地底人の話し声が聞こえた、なんて話はたまらない。

夜になると土の中からジージーと鳴き声がする。子供の頃、これは地虫が鳴いているのだと教えられた。図鑑を調べても地虫なんて出ていない。この不思議な生き物はオケラだと言われてナルホドと思ったが、後にミミズだと聞いてさらに納得した。土の中では異性とめぐりあうことが難しいので、ミミズは雌雄同体だと小学校で習った記憶がある。その時に暗い狭い穴の中を這うミミズがとても可哀想で、自分はなんて幸せなんだろうと思った。そうか、だからミミズはあんなに悲しそうにジージーと鳴くのか。

ネコの額ほどの我が家の庭で、父に教えられたふたつの遊びがある。どちらも似たような遊びで、ひとつはジグモ釣りだ。庭石にくっついたジグモの袋をつまんで、ゆっくりと臍下丹田に力を入れて引き上げる。手の力で抜こうとすると途中でちょん切れてしまう。腹の力で引き上げる。すると地中から十センチほどの長い袋が出て来て、その先に蜘蛛が入っている。この遊びは昔からいろいろな地方で行われたらしく、ジクモにはたくさんの異名がある。アナグモ。フクログモ。ハラキリグモ。ツチグモ。ズボズボ。カンペイ。ネヌケ、などなど。

もうひとつの遊びはアリクイ釣りだ。これはハンミョウの幼虫だ。ハンミョウはボクの知る限り、タマムシと美しさを争う甲虫のビーナスだ。しかし幼虫はウジムシと変わりない。地面にポツポツと傘の先であけたような穴があり、アリクイの顔が見える。アリが巣と間違えて入ってきたところをパクリと食べてしまう。絹糸の先に気絶させたアリを結わえ付けて、アリクイの穴に入れる。するとアリクイの顔が登ってきてグイッとアリを穴に引きずり込む。この感覚は釣りにソックリだ。糸をあげるとその先に白いアリクイがぶら下がっている。別に食べるわけでもなく、そのまま捨ててしまうのだが結構はまってしまう面白さだ。
今も昔も、土の中というのは海の中と同じように、ボクにはとても神秘的な世界だ。

 

copyright(c) Seino Logix Co.,LTD. All Rights Reserved.