金継ぎバア

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ひさしぶりに葉山の骨董屋をのぞいたら、女主人の横に金継ぎバアがいた。

「噂をすれば何とやら」と女主人が渋茶を古伊万里のそば猪口で出してくれた。ボクは金継ぎバアの隣に座って渋茶をすすった。壊れた陶磁器を漆で修理し、その上から金粉で化粧する技法を金継ぎという。金継ぎバアはその道のプロだ。

「ずいぶんと見かけなかったけど、イボ痔でも再発して入院でもしてたのかい」と、かつて女だったとは思えないような、恥じらいのカケラもないバアさんだ。ボクは横浜や鎌倉の骨董屋はアチコチに顔を出しているので、この金継ぎバアとは昔からの顔馴染みだ。最近はテリトリーを拡げたらしく、葉山や逗子の骨董屋でもよく見かける。

「アンタ、古伊万里だけじゃなくて瓦も集めてんだろ。その恵比寿さまの瓦はなかなかいいよ。首が取れちゃったんでくっつけといたんだ。その恵比寿、アンタに似てんだろ。ちょうどその話で盛り上がっていたところさ」
「ヒドイなあ。ボクのほうがいい男でしょ」
「そうでもないよ」と素っ気ない。
「首が取れてんだよ。これをボクに売るの?」
「アタシの腕を信じなよ。台風でも大丈夫さ。っていうか、どうせ風呂場にでも置くんだろ。もうこれだけの瓦は出ないよ」

結局言いくるめられて、その恵比寿の瓦を買うことになった。女主人は商品が売れたのでニコニコしている。
「ねえ、バアさん。金継ぎなんて儲かんの?」
「アンタみたいなのがいるからね。その首、さっきセメダインでくっつけただけっで千円の儲けだ」
「敵わないなあ。まあ、せいぜい長生きしておくれ」
「うっせえ。それにバアさんとはなんだ。ネエさんと呼べ」

 

股関節ぐるぐる

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痛めた左足をかばってランニングをしていたら、とうとう右の股関節の軟骨がつぶれて歩く事もままならなくなった。それを伝え聞いたお隣さんが、上手なスポーツマッサージ師を紹介してくれたので、さっそく出かけてみた。

逗子の海岸近くにあるちいさなスポーツ治療院だった。A先生は40歳位で、オリンピックの公式トレーナーだ。ふたつある治療台のひとつに横になってぐるぐると足を回す。

「これは痛いですか?」「いいえ」「じゃあ、これは?」「ひえええ,痛い」「これは?」「うわー死んじゃう」

すると「これはまず外科に行ったほうがいいです」と言って、A先生はすぐに紹介状を書いてくれた。これなら最初から医者へ行ったほうがよかった、と思いながらも紹介状を握りしめてボクはその外科病院へ行った。

まるで野戦病院だ。待合室にはアリがたくさん歩いている。たくさんの人がリンゲル液らしき点滴のビンを吊るして、かたまって座っている。待合室の椅子で採血している。そして院長はアロハシャツを着ている。大丈夫か!

まずレントゲンを撮ってください、と言われたのでレントゲン室に入ると白目が目立つほど陽に焼けたH先生がいて、股関節の写真を撮るのになぜか「息を吸ってーはい、止めてー」

レントゲン写真を見たアロハ院長は「うーん、MRIも撮っておこうか。ウチの病院では機械がないので」とまた紹介状を書いてくれた。ボクはその紹介状を持って自宅のすぐ近くにある総合病院へ行き、これなら最初からここへ来ればよかった、と思いながらもMRIを撮り、その写真を持って、翌日アロハ院長の待つ外科病院へ行った。

外科病院のゴミ箱をひっくり返したような待合室にレントゲンのH先生とスポーツ治療院のA先生がいて。お預かりしましょう、と私の手からMRI写真を取った。あれ、なんでA先生がここに? A先生は私がアロハ院長から診察を受けている間もずっと同席していた。

「骨に異常はないから、後はゆっくりスポーツ治療院で治すのがいいでしょう」とアロハ院長。なるほど、そういうことか。

お隣さんの顔もあるので、その翌週からスポーツ治療院に週一で通うことにした。A先生は喜ぶだろうな、と治療院の玄関の呼び鈴を鳴らした。するとなんと、出て来たのはレントゲンのH先生ではないか。いったいどうなっているんだ。みんなグルじゃないか。それから5分後、ボクは生け贄のように、ふたつある治療台のひとつに横になってぐるぐると足を回されていた。

 

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