和尚が笑ってる

sample


長野県小諸市にある我が家の菩提寺から分厚い手紙がきた。恐る恐る開けてみると『本堂の屋根を修理するのに一千万円かかるので寄付をして欲しい』というようなことが、持って回った言い方で巻紙に筆書きしてあった。いつも豪快に笑うヤクザっぽい和尚の顔が目に浮かんだ。

昔から法事などお寺にかかわる費用にはチンプンカンプンだったが、それでも父が健在の頃はボクにそのお鉢が回ってくる事はなかった。しかし今回はボク宛だ。「どうするんだよ、オフクロ」と助けを求めると、「オマエ宛に来た手紙だからオマエが返事しろ」と冷たい。

ほうって置く訳にもいかないので、父の葬儀で初めて会った遠縁のNさんに連絡をとることにした。この人は祖父の従兄弟だかその息子だかで、今さら親類ですと甘える訳にはいかない遠い関係だが、我が家の菩提寺の和尚とは親しいらしい。恥を忍んで手紙をしたため、何気なく、いくらぐらい払ったらいいのか訊いてみた。

返事が来た。これまた巻紙だ。小諸では巻紙が流行っているのか。Nさんは、Nさんさんとボクのつながりを明確にするために菩提寺へ行き、過去帳を調べ、自ら家系図を書いて送ってくれたのだった。家系図にはぜんぜん知っている人がいないし、Nさんさんとの関係は国語辞典にも載っていないほど遠い関係だ。しかし、「これからは親類付き合いしていきましょう」と書いてある。これはこれでやっかいだなあ。あっそれより、寄付のことがぜんぜん書いてないじゃないか。

「なあオフクロ、頼むから和尚に電話していくら払ったらいいか訊いてくれよ。年寄りなんだから、もう恥かいたっていいだろ」
「馬鹿言え。この年になってそんなこと訊けるか」
「じゃあこのNさんさんに訊いてくれよ」
「自分で訊け。いい年して親に甘えるんじゃない」

仕方なくボクがNさんに電話してかくかくしかじかと話すと、「あれっ、手紙に書かなかったかな。あんなもん一万も包んどきゃいいんだ。俺はもう一万払ったぞ」とあっけない返事だ。

なんだよ、それなら最初から一口一万円とか書いておけばいいのに。きっとあの和尚、今頃池の鯉にエサでもやりながら、大笑いしているに違いない。

 

賽銭ドロボウ

sample


学校の帰り道でもないのに、ボクたちはよく白幡神社で遊んだ。住宅地の真ん中に取り残された鎮守の森には立派な本殿とゴロベースには十分過ぎる庭があった。ボクたちは本殿の中にも忍び込み、秘密の場所をアチコチに作って遊んだ。

本殿と庭を取り囲む鬱蒼とした樹々の中にちいさなお稲荷様があった。頭がぶつかるほどの赤い鳥居をくぐると正面にはお稲荷様、そして手前には朽ち果てた賽銭箱があった。この賽銭箱の下の砂の中に蟻地獄と呼ばれるウスバカゲロウの幼虫がたくさん棲んでいた。すり鉢状に凹んだ場所に蟻がすべり落ちるのを待って、中央で蟻地獄が大きな口をあけて待っている訳だ。ボクたちは指先で砂を掘って、何匹もの蟻地獄を採集した。これで明日はクラスの人気者だ。

もういないか? とAが言うので、Oとボクは賽銭箱の裏に回った。のぞきこんだOが「あッ」と言って黙った。ボクはOの股の間から頭をつっこんだ。「お金だ」とふたりで叫び、「なに、お金」とAもボクとOの間に割り込んできた。

当時のおおきな五十円銀貨だった。もちろんボクたちは賽銭箱とは何かを知っていたけれど、この腐った木箱の中にお金が入っているとは思いもしなかった。蟻地獄のことはすっかり忘れてしまった。

それから何日間か、ボクたち3人は放課後まっすぐに白幡神社に向かう日が続いた。賽銭箱からこぼれ出したコインは意外に広範囲に散らばり、埋もれていた。毎日3人で百円、二百円と掘り出した。全部で千円ぐらい掘り出したかもしれない。しかし、こんなことが長く続くはずがない。近所のおばさんが通報したようで、屈強なおじさんが現れて首根っこを押さえつけられた。警察に連れて行かれた覚えはないので、神社の人だったのかもしれない。

賽銭は返したのか、親や学校に通報されたのかも覚えていない。こんなことは日常茶飯事だった。ただ確実に覚えているのは、いっしょにいたのがAとOだということだ。

そのAは剣道6段の猛者となり、自営業から立ち上げて、今は従業員が何人もいる修理工場の社長になっている。

この賽銭ドロボウの話を思い出したのは、実はOから四十年ぶりに連絡があったからだ。同じ業界にいて、ボクのことは前から知っていたが連絡するキッカケがなかったらしい。で、そのキッカケって何なの? と訊いたら、最近自転車を盗まれたという。ちょっと待てよ。それはボクじゃないだろ。

 

copyright(c) Seino Logix Co.,LTD. All Rights Reserved.