コーヒーブレイク|セイノーロジックス株式会社

【第11話】初めてのバイト

作成者: セイノーロジックス株式会社|2023.09.28

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~


かつて新聞配達は子供のバイトの定番だったが、今もそうだろうか?
たくさんの職種があるとは言え、当時小学生にできるバイトはそう多くはなかった。クラスのD君の家はA新聞の集配所をしていて、2、3人のバイトを使っていた。そのS君から生まれて初めてのバイトを勧められたのはボクが小学4年生の夏休みだった。

朝刊は配達数が多いのでボクは夕刊担当になった。自転車もなかったので、まだ身体のできていないボクに新聞の重さは厳しかった。雨上がりの水たまりに新聞の束を落とし、泥だらけの新聞を泣きながら配っていたら、S君のお父さんが「よくがんばってるな。でも泥だらけの新聞は配れないぞ」と新しい新聞の束をよこした。ボクが配った泥新聞をきれいな新聞と取り替えながらボクを追いかけてきたのだった。叱られなかったこと。褒められたこと、今、とても複雑な気持ちで思い出す。

夏休みずっとバイトをして、生まれて初めてのバイト料をもらう9月1日は、2学期の始まる憂鬱な日だ。ボクは1時限目から気づいていた。S君が欠席していた。ボクは背中がザワついた。そして放課後、担任の先生がS君が転校したことをみんなに告げた。嘘だ。昨日の夕方もいっしょだったのに。

学校が終わるとボクは飛ぶようにS君の家に向かった。集配所のガラス戸は固く閉ざされていた。ボクはその前にしゃがみこんで泣き続けた。こんな裏切りは初めてだった。バイト料もくやしかったが、あんなに仲が良かったS君に騙されたショックのほうが大きかった。

最近、かつてS君が住んでいた家の前を通ることがあって、あの時を思い出した。ボクのバイト料をゴマかすために転校するはずがないし、S君のお父さんは優しかった。きっとS君もS君のお父さんもボクよりくやしかったんだろうな、とこの年になってようやく気づいた。