2023.04.28

【第7話】移動販売

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~


「タケヤーサオダケー、4メートルのサオダケが2本で千円」
家の前を竿竹を二十本ほど乗せた小型トラックがゆっくりと走っている。昔ながらの決まり文句だが、若い女性の声だ。あわてて窓から顔を出してみると運転席にオジさんがいるだけだ。なんだ、テープが回っているのか。

子供の頃にはずいぶん移動販売があった。納豆、豆腐、シジミ、金魚、風鈴、お好み焼、今川焼、石焼イモなどを、自転車や屋台で売り歩く商人がたくさんいたものだ。ボクはラッパの音がすると、よく豆腐と油揚げを買いに行かされた。ドカーンと大砲のような音がすると、米一合を持って外に飛び出し、ポン煎餅(バクダンと呼んでいた)を作ってもらったのも移動販売だ。

商店街でもないボクの家のまわりや路地裏にまでチンドン屋が入ってきて宣伝していたのも懐かしい。飛行機からもたくさんのチラシが落ちて来て、走り回って拾ったものだ。風景はすっかり変わってしまった。

シジミ売りのオバアちゃんは足を悪くして、晩年は駅前にゴザを敷いてシジミやアサリを売っていた。手も顔も深いシワに覆われていたが、優しい目のオバアちゃんだった。お好み焼のオバさんはいつもオマケしてくれた。夏休みにプールに行くと、必ず屋台が出ていて、ソースをタップリつけたお好み焼を新聞紙にくるんでくれた。青のりがたくさん入っていたっけ。今川焼のオバちゃんは、ウチの祖母と友達だった。ボクが前を通ると必ずひとつくれた。「もう年だから今日でやめるよ」と言われて今川焼を十個もらったのを、祖母と泣きながら食べた。そう言えば、当時の移動販売に男の人はほとんどいなかった。

ボクの家は山のうえの不便な所にあるので買い物が面倒だ。車に乗らないとキャベツひとつ買えない。だから移動販売はとても助かる。でも、竿竹以外には冬に灯油を売りにくるぐらいで、ちょっと寂しい。それもみんなオジさんばかりだ。