~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~
元ロッテのエース、村田兆治の講演を聞きに行った。54歳の今(講演当時)も140キロのスピードボールを投げる超人だ。ボクが20代の頃スピードガンで計った時には全力で80キロ、VERYGOODのランプがついた。とても同じ人間とは思えない。今でも毎日腹筋を1000回もやっているそうだ。
講演中、村田は野球のボールを持ち「誰か僕のボールを素手で受けてみたい人はいませんか」と言った。ビックリしたが冗談だと思った。800人も入っている大ホールだ。隣のうたた寝老人にぶつかったらタンコブぐらいではすまない。主催者側があわてている。
5人が手を上げた。近い人で20メートルぐらい、キャッチャーとピッチャーの距離だ。遠い人は40メートルぐらい、キャッチャーとセカンドベースの距離だ。
「胸の前に手を広げていれば、ちゃんとそこに投げるから心配いりません。そこにボールが入らなければ僕の負けです」と言うと村田はマサカリ投法で(もちろん緩いボールだが)ためらいもなく次々とボールを投げた。ウォーという大歓声。すべてのボールがスポンスポンとオジさんオバさんの手の中に入って行く。この男54歳だ。10センチと狂わないコントロール。引田天功よりすごい。失敗したら新聞やマスコミできっとさんざん叩かれるはずなのに、この自信はすごすぎる。
村田の超人的な体力と自信を見せつけられて、驚いて大口を開けている自分のフヌケ顔が大ホールの壁の鏡に映っていた。