2025.09.30

【第33話】嗤うブタ

~ セイノーロジックス創業社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~

就航式に招かれて、韓国の釜山に行って来た。シャンペンでも船にぶつけてテープカットでもするのだろうとノコノコ出かけて行った。

埠頭に着岸した船には「祝 就航」と書かれた二十メートル幅の大きな垂れ幕がかかっていた。埠頭からはコンテナがすっかりどけられていて、運動会で見かけるようなテントがいくつも並び、その真ん中にスピーチ台が置いてあった。中央のテントの中には胸に花を差した偉そうなオジさんたちがパイプ椅子に座り、ボクはその中に紛れ込んでしまい、とても居心地が悪かった。テントの外で船の乗組員や社員たちといっしょにいたほうが気が楽だ。

すべて韓国語なので式次第がさっぱり判らず、みんなが立てば立ち、みんなが拍手すれば拍手し、みんなが嗤えば、訳もわからずにボクも嗤った。

とつぜん名前を呼ばれたのでスピーチ台へ行き、スピーチでもさせられたらどうしようとドギマギしていると、感謝状らしきものをくれた。そのままテントに戻るとまた名前を呼ばれたのでスピーチ台へ戻ると何やら重たい包みをくれた。言葉が判らないので、ただニコニコしていたら、やたらとボクの名前を言い、全員でボクにむかって拍手などするので、ようやく自分が主賓であることが判った。だったら最初にそう言えばいいのに。もう少し良いスーツを着てきたのに。2行ぐらいなら韓国語の挨拶を暗記してきたのに。

その後、船上で儀式があるというので、十人ぐらいの幹部と一緒に狭い階段を登って船長室へ入った。おービックリ。床に生首が置いてあると思ったらブタの頭だった。このブタ、嗤っているほど高いらしい。どうしてブタは首を切られる時に嗤っていられるのかと訊いたら、首を切ってから指で嗤わせるのだという。とりあえず納得。

嗤うブタを取り囲むように野菜や魚が並べられ、手前にはゴザが敷いてある。このゴザに跪き、二度お祈りをするという。そしてお賽銭。みんな一万ウォン札を丸めてブタの鼻や耳、しまいには嗤っている口をこじあけて突っ込んでいく。 この儀式、開所式などでは普通に行われているそうで、日本で神主さんがお祓いするようなものらしい。

就航式でのこの儀式は甲板とエンジンルームの2ヶ所でおこなわれていた。その後、船内の食堂でビールを勧められているボクの前に、役目を終えた嗤うブタの頭が2つ並べられた時は、驚きのあまり、ビールをブタの顔に吹きかけてしまったが、ブタは嗤ったままだった。