~ セイノーロジックス創業社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~
ある年の夏、どういう訳かむしょうに亀を飼いたくなって近所の金魚屋に行った。スタローンがロッキーの中で水槽の亀に餌をやる場面が印象的だったので、ボクもまず水槽を買い、そしてぜに亀とみどり亀を一匹ずつ買った。みどり亀には毒があると噂され、しばらく姿を消していたはずだが、もうチャッカリと店先に出ていた。そしてこの二匹の亀の性格の違いには驚かされた。
水槽に入れるやいなや、みどり亀はぜに亀を子分にし、その甲羅に乗って脱出を試みた。ぜに亀は水中に顔を沈めて苦しそうに口を開ける。ボクはそれを見る度に救いの手を伸ばすのだが、みどり亀はすごい勢いで指に噛みつく。しかしボクにも仕事があるので、こんなことばかりはしていられない。
日曜日に水槽の掃除をするので、二匹の亀を発泡スチロールの箱に入れておいたら、なんと十分もしないうちにみどり亀が逃走してしまった。垂直の十数センチの壁を爪を立ててよじ登ったらしい。すぐに探したが逃げ足早く、姿をくらましてしまった。でもこれでぜに亀もせいせいするだろうし、あのみどり亀のことだからなんとか生きて行くだろうと前向きに考えた。ところが、それからのぜに亀の元気のないことと言ったら、死んでいるのかと思って何度もつついたほどだ。餌もあまり食べなくなった。
2、3週間後、朝会社に行くので家を出ると、なんとボクの足元をあのみどり亀が並んで歩いている。それもひと回り大きくなって。何を食べていたのか判らないが、すさまじい生命力だ。すぐに捕まえて水槽に戻した。
その日からさっそくみどり亀はぜに亀の背に乗って脱出を試みている。そしてぜに亀は苦しそうに水中で顔を歪める。でも食欲が出て元気になってきたぜに亀を見ると、幸せとは何かと考えてしまう。

